名古屋高等裁判所 昭和51年(ラ)128号 決定 1976年7月29日
抗告人
山本洋子
右代理人
高山陽子
外一名
相手方
山本正夫
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
昭和五一年法律第六六号による改正人事訴訟手続法一条一項は「夫婦ガ共通ノ住所ヲ有スルトキハ其住所地、夫婦ガ最後ノ共通ノ住所ヲ有シタル地ノ地方裁判所ノ管轄区域内ニ夫又ハ妻ガ住所ヲ有スルトキハ其住所地、其管轄区域内ニ夫婦ガ住所ヲ有セザルトキ及ビ夫婦ガ共通ノ住所ヲ有シタルコトナキトキハ夫又ハ妻ガ普通裁判籍ヲ有スル地」の裁判所が離婚事件について専属管轄を有する旨を規定している。
ところで、昭和五一年法律第六六号による右の改正は、従前離婚等の婚姻事件の訴は当該夫婦が夫の氏を称するときは夫、妻の氏を称するときは妻が普通裁判籍を有する地または死亡の時にこれを有した地の地方裁判所が専属的に管轄することとしていたが、夫婦の殆んどが夫の氏を称しているわが国の現状から実質的に妻に不利益である等必ずしも合理的といえぬ面があつたので、当事者の出頭の便宜及び証拠収集の容易さ等の観点から婚姻事件の裁判管轄につき所要の合理化をしたものであつて、婚姻事件の訴は、まず第一順位として夫婦が共通の住所を有するときはその住所地の地方裁判所の管轄に専属するものとし、次に第二順位の管轄として夫婦の最後の共通の住所を有した地の地方裁判所の管轄区域内に夫または妻が住所を有するときは、その住所地の地方裁判所の管轄に専属することとし、以上のいずれにも当らない場合には、最後に第三順位として夫または妻が、普通裁判籍を有する地の地方裁判所の専属管轄(競合的専属管轄)としたものである。この最後の場合には専属管轄が競合する訳であるが事情により当事者の利益を考慮する必要があるので改正後は人事訴訟手続法に一条の二を新設し著しい損害または遅滞を避けるために必要があると認めるときは受訴裁判所は申立によりまたは職権で婚姻事件を他の管轄裁判所に移送することができる途をひらいたのである。
右同条項後段に「其管轄区域内」とある「其」とは中段の「最後ノ共通ノ住所ヲ有シタル地ノ地方裁判所」を受けるものであることは、右改正の趣旨からもまた同条項の文理上からも明白であり、同条項後段(夫または妻が普通裁判籍を有する地の地方裁判所)が適用されるのは夫婦の双方が最後の共通の住所地を離れて別居し、それぞれが最後の共通の住所地を管轄する地方裁判所の管轄区域外で別々の住所を有している場合のみなのである。
よつて、抗告人の主張は理由がないから、本件抗告を棄却することとし、抗告費用は抗告人に負担させて、主文のとおり決定する。
(丸山武夫 杉山忠雄 高橋爽一郎)
【抗告の趣旨】一、原決定を取消す。
二、津地方裁判所四日市支部昭和五一年(タ)第一七号離婚等請求事件について、抗告人がなした津地方裁判所四日市支部から、横浜地方裁判所への移送の申立は、理由があるものと認める。
との決定を求める。
【抗告の理由】一、原決定は、抗告人(原告)が、人事訴訟手続法一条の二にいう「著しき損害又は遅滞を避くる為必要があるときに該当する」等を理由として、本件を津地方裁判所四日市支部から横浜地方裁判所へ移送する旨の決定を求めたのに対して、
「人事訴訟手続法第一条は、夫婦が最後の共通の住所を有したる地の地方裁判所の管轄区域内に夫又は妻が住所を有するときは其住所地の地方裁判所の管轄に専属する旨を規定するところ、原告は、夫婦の最後の共通の住所地に現住しているのであるから、右住所地を管轄する津地方裁判所四日市支部に専属するのであつて、同法第一条の二によつて他の管轄裁判所に移送することを得ない」との理由を付してこれを却下した。
二、人事訴訟手続法(以下「人訴法」という)第一条一項によれば、
離婚の訴の管轄裁判所として、
(一) 夫婦が共通の坪住所を有するときはその住所地
(二) (夫婦が共通の住所を有していないときは)夫婦が最後の共通の住所を有したる地の地方裁判所の管轄区域内に夫又は妻が住所を有するときはその住所地
(三) (一)及び(二)の管轄区域内に夫婦が住所を有せざるときは、夫又は妻が普通裁判を有する地
(四) 夫婦が共通の住所を有したことがないときは、夫又は妻が普通裁判籍を有する地
の地方裁判所に専属する旨規定するところ、原決定は、右(二)に従つたものである。
三、本件は、原告が「夫婦の最後の共通の住所を有したる地の地方裁判所の管轄区域内」に住所を有し、一方、被告は横浜市に住所を有している場合であつて、前記(二)に該る場合であるから、それだけをみれば、原決定はあながち違法とはいえない。
四、しかしながら、更に進んで考察するならば前記(三)にもまた該当することが明らかであり、その理由は次のとおりである。
(一) 人訴法第一条一項(以下「本項」という)後段は、「其管轄区域内ニ夫婦ガ住所ヲ有セザルトキ」と規定し、一見すると、夫婦の双方が最後の共通の住所地を離れた場合について規定し――言い換えれば、夫婦の片方がその共通の住所にとどまるときは、他の地に管轄を考えることはできない――たかの如く見えないこともない(原決定は、これに従つたものである)。
(二) 果して、右のようにのみ解釈すべきであろうか。
周知の如く、改正前の本項は、「夫婦ガ夫ノ氏ヲ称スルトキハ夫婦ノ氏ヲ称スルトキハ妻ガ普通裁判籍ヲ有スル地」と規定されていたところ、わが国では、人訴法の成立以来、夫婦が妻の氏を称することが稀であつたから――そのことは、夫が妻の氏を称するときに「養子」と呼ばれていたことからも明らかである――結局離婚の訴は、夫が普通裁判籍を有する地を管轄する地方裁判所に提起されざるを得ないのに、その地を去るのは、多くは妻であつたことから、その不合理性を古くから指摘されていたところである。
(三) そのようなわけで、本項の「其管轄区域内ニ夫婦ガ住所ヲ有セザルトキ」なる文言を、右(一)の如く解するならば、実質的には、改正前の本項と異なるところがない。
従つて、右文言は、「夫婦の共通の住所がなく、かつ、夫婦の最後の共通の住所に、夫婦の一方が住所を有せざるときと解すべきである。
(四) 右に解釈したところによれば、本項の「其管轄区域内ニ夫婦ガ住所ヲ有セザルトキ」なる規定は、
(イ) 夫婦の双方が最後の共通の住所を有せざる場合と
(ロ) 夫婦の一方が最後の共通の住所に住所を有し、他方がそこに住所を有せざる場合とを含むことになり、
その場合には、夫又は妻が普通裁判籍を有する地の地方裁判所の管轄に専属することになる。
(五) そうだとすると、本項の「夫婦ガ最後ノ共通ノ住所ヲ有シタル地ノ地方裁判所ノ管轄区域内ニ夫又ハ妻ガ住所ヲ有スルトキハ其住所地」と競合することになり、原・被告間に係る利害関係を生ずる場合も予想されるが、その場合には、人訴法第一条の二によつて解釈されるべきであろう。
五、以上考察したところを前提として本件をみるならば、抗告人(原告)は、原決定指摘の如く 夫婦の最後の共通の住所地に現住していることはそのことはそのとおりであるが、被告は、昭和五一年四月初め頃より横浜市に現住し、しかも、原・被告間の三才と五才になる二人の幼女を強引に横浜市に連れ去つており、抗告人(原告)に対し、子供達の居場所をどうしても明らかにしない。子供達は第三者の手に委ねられていることが予想されるが何分にも、三才と五才の幼児であり、母親の手がなくてはならない年令である。
被告は、津家庭裁判所四日市支部で行われた離婚調停申立事件において、期日呼出し状が三度も被告方に送達されたにも拘らず、いずれの期日にも不出頭のまま、右調停を不調に終らせた。
従つて、もし前掲離婚申立事件が津地方裁判所四日市支部で審理されるとしても、被告は、同裁判所においても相変らず不出頭を繰り返えす恐れが極めて大である。
人訴事件は、当事者の自白が認められないことからしても 不出頭となれば、訴訟の進行が著しく遅滞することは明白である。
かつ、ひいては、子供らの居場所の判明する時期が遅れることも必至である。母親たる抗告人(原告)は、子供らのことを必配の余り、眠れぬ日々を余儀なくされており、心身共にやつれ果て、その精神的損害は計り知れない。
子供らの安全、保護のためにも、本件離婚申立事件は、一日も早く進行されなければならない。
抗告人(原告)は、事と次第によつては、直ちに、横浜地方裁判所に対し、人身保護の請求をする用意もある。
更に翻えつて考えるに、そもそも、本件移送の申立は、断じて抗告人の便宜の為にするのではなく、被告の便宜・利益を計る為にする移送申立である。
前掲離婚申立事件を横浜地方裁判所に移送することは、被告の不利益にならないばかりか、むしろ、「管轄の基本原則」に合致するものと確信する。
六、以上の次第であるから、原決定は、人訴法第一条及び第一条の二の解釈を誤つた違法があるといわざるを得ない。